国津意加美神社

宇迦之御魂神

その神社は壱岐のフェリー発着所 郷ノ浦からすぐ近く郷ノ浦町役場の向かいにある、盈科小学校の北隣に目を見張るような石段があります。

国津意加美神社

由緒

国津意加美(くにつかみ)神社(旧称妙見宮)
式内社 旧村社
祭神 素盞嗚尊 
配祀 大己貴命稲田姫命闇袁加美神 
例祭日 4月15日、10月15日 
御由緒
当社は旧武生水郷(現・郷ノ浦町)の惣廟である。
『延喜式神名帳』には「壱岐島石田郡國津意加美神社」と記録されており「社記」によれば、神代に素盞嗚尊韓国を巡り給ひて御帰朝の際我が壱岐国郷ノ浦江上に着岸ましまして後茲に宮殿を建つ是より村浦の宗廟と崇敬し奉りて妙見宮と申すとある。
当社は古来御願元と称し旧藩主格別の崇敬神社にして国中諸社の首班に置き、定祭には幣使式日には代拝として亀丘城々代を参向せしめ。又松浦藩主壱岐を巡見するに当りては親しく参向し、恭しく礼幣を奉奠せらる故に当社を直参の社とは申すなり。昔神田神領等存し社殿の造営概ね国守の直営に係り、奉仕の祠官跡特殊の格式及職権を附与せられ、以て維新の際に及べり。仍而神社の設備完備し、国内屈指の社頭となりしは寔に所以ありと謂ふべし従って当時祭祀の荘厳盛大の状に至りては、国中類例を見ざる所なり。「壱岐国神社誌」
延宝4年(1676)6月 国内延喜式登録の神社調査により式内小社國津意加美神社に査定され藩主松浦鎮信は木鏡御正体と石領とを献納した。
明治9年12月4日村社に列せられ 大正14年3月10日神饌幣帛料供進神社に指定された。 
案内版より

こちらの神社は神代に素戔嗚尊が韓国からの帰りに立ち寄り宮殿を構えた場所で妙見宮といったとあります。

境内

境内の狛犬(玉含獅子、子抱獅子の一対)は、壱岐の名工 山内利兵衛の傑作といわれており、1862年(文久2)献納されました。

手水舎の水口はガマガエル 別名 ウシガエルが素戔嗚を表しているのかもしれません。

拝殿

神紋は左三つ巴 安曇磯良の神紋です。

摂社

疱瘡神(ほうそうがみ)

お稲荷(いなり)さん

素戔嗚は後年のことを考えると疫神に比定されることが多く お稲荷さんは宇迦之御霊神(うかのみたまのかみ)の別名で素戔嗚の娘に当たります。

本殿

こちらは元妙見宮ですので月紋が付いていていいのですが、妙見も月紋も金首露の一族で月讀に繋がる紋です。

ここら辺りが月讀と素戔嗚が混同される原因になった可能性があります。

系図

素戔嗚神大市姫(罔象女神(みつはのめのかみ))の間に生まれた大目姫(うずめひめ)が宇迦之御魂神であることが判ります。
この宇迦之御魂神は更に別名があり、その別名を知ると皆さん驚くこととおもいますが、それは又別の機会に・・・

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