対馬

対馬「国生み」での別名は天之狭手依比売(あめのさでよりひめ)『魏志』倭人伝では、「対馬国」は倭の一国として登場する。帯方郡から邪馬台国への経路の途上、「狗邪韓国」(韓国慶尚南道金海)の記述につづいて「一海を渡ること一千余里」の南に位置するとしており、邪馬台国に服属した30余国のなかの一国であった。そこには、対馬は、居る処は絶島で、土地は山が険しく、深林が多く、道は獣の径(みち)のようであり、千余戸の家はあるものの、良田がないので海産物を採集して自活し、船による南北の交易によって生活していたと記されている。また、他の倭の諸国同様に、「卑狗」(ヒコ)と呼ばれる大官と「卑奴母離」(ヒナモリ)と呼ばれる副官による統治がなされていたとする。

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厳原八幡宮

樋口一葉の小説の指導者であり、恋人でもあった半井桃水(なからいとうすい)の生家跡に建つ半井桃水館 金田城 画像はお借りしました 厳原は古代対馬の交通の要所であり、近くには飛鳥時代の白村江の戦いの対朝鮮半島への最前金田城 宗氏の菩提寺 万松院...
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中臣烏賊津使主 (なかとみの-いかつのおみ)の伝承

太祝詞神社 対馬は古代から大陸と倭国・倭・ヤマトを結ぶ交通の拠点であり、「魏志倭人伝」でも倭の一国として登場し漁や船による南北の交易によって生活していたと記されている。また、他の倭の諸国同様に、「卑狗」(ヒコ)と呼ばれる大官と「卑奴母離」(...
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豊玉姫の出産

鴨居住吉神社 やがて妻の豊玉姫命が臨月を迎え、お産のために夫のもとを訪れた。 いよいよ出産が迫ったときに、豊玉姫命は夫に「決してお産をする姿を見ないでくださいね。」と言い置いて産屋へと入った。 しかし山幸彦も好奇心いっぱいの若者。 そんなこ...
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和多都美神社 

天神々の社 ここで、塩椎神が、「私があなた様のためによい計画を立てましょう。」と言って、すぐに竹で編まれた小船を造り、その船に火遠理命を乗せて教えて言ったことには、「私がこの船を押して流したら、しばらくそのままお行きなさい。良い潮の流れがあ...
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